なぜ音楽をやっているのかふしぎ。part3

Part 2はこちら

 

高校三年生になって、受験での選択が迫られました。

声楽は楽しかったけれど、ピアノが苦手なので音大という選択肢はなかったし、直球で美大(油とか日本画とかデザインとか)に行くという自信もありませんでした。結局、「理系が出来る方が凄い」という当時の周りの圧力(?)によって、英語と国語が圧倒的に得意だったにも関わらず理系(しかも化学物理選択)を選ぶことにしました。馬鹿?

 

結果として、現役時代はどこも受からなくて(九大も受けたけど落ちた)、一浪することになりました。

数学や英語は結構伸びたけれど、物理化学は最後まで苦手でした。センターでも点がそんなに延びなかった。そして、何故かろくに勉強していない現代文で満点でした。このお陰でMARCHの機械工学系の学科にセンター利用で受かりました。

夏までは京大とか阪大とか名古屋大とか言ってましたが、結局現役と同じく九大の芸工を受けることにしました。九大オープンでも確か結構上位だったと思います。もう忘れちゃった。

当時は数英物と絵(デッサン)の試験がありました。今思うとちょっとナゾだったけど、化学が苦手だった私にはラッキーでした。

 

そんなこんなで無事1浪を経て、九州大学芸術工学部工業設計学科に入学します。

最初の一年は訳も分からず、結局月〜金まで1コマを除いて全部授業がつまっているという大変ぷりでした(逆に4年生はめちゃ暇でしたが)。1,2年までは教養のキャンパスに主に通い、3年生では別の場所にある芸工大(入学の数年前に九大と合併)のキャンパスに行くことになりました。単位を落とすとキャンパス間を移動することになり大変なことになるので、皆頑張っていました。

学科は、主に工業デザインと人間工学などを勉強するところだったので、皆メーカーのインハウスデザイナーや企画職などを主に目指していました。私は自分が何をしたいかよく分からなかったけれど、なんとなく流れにのって授業をとったり、デザイン系のサークルに参加したりしていました。

ジャズ研(ジャズすきもの会)に参加したのは、友達がやっていたバンドでヴォーカルのゲストを探していたからです。2年生の5月の定期演奏会(?)で初めて演奏したのを覚えているので、初めてジャズを歌ったのは20歳の時ということになります。

大学の時はジャズをそれほど聴かなかったし、活動もさほどしているわけではなかったのですが、4年生の時には上手い先輩たちと一緒に演奏する機会が何度があり、歌うことをまたどこかで続けていけたら良いなと思っていました。

 

大学を卒業して、就職して東京に戻ってきましたが、しばらくは音楽をする余裕もなかったけれど、2012年よりジャズヴォーカルのレッスンを開始して、また少し音楽に向かう時間がとれるようになってきました。

 

ただし、他の人と違って私は「誰かに自分の歌を聴いてほしい!」とか「ライブをやりたい!」となるまでに物凄く時間がかかりました。自分の歌はまだまだ未熟だと思っていたし(今でも思っているし)、そもそも人前で何かするということに躊躇がありました(今でもありますが・・・)。

 

自分が未熟すぎたり、共演者とのコミュニケーションミスで大失敗してしまったライブがあったり、うまくいかなかったこと、楽しかったことがあり今日に至っています。

 

おずおずという感じで始めたライブを聴いてくださるお客様、共演してくれているミュージシャン・出させてくださるライブハウスの方、背中を押してくださる先生・家族などなどには本当に感謝です。

 

特に今年の11月のギタリスト加藤崇之さんとの共演は、何か背中を押して頂くような、もっと宇宙的・音楽的な世界を身をもって知りたいという気持ちにさせて頂いた気がします。「歌を歌えること」と「ライブをすること」は全然違うもので、ライブをすると集客だったり人間関係の持続だったり、事務的なことだったりの時間にとられることが多くなります。けれど、それを乗り越えてでも、音楽をしたいという気持ちになったのは素晴らしい音楽の力だと思います。

(あ、あと、加藤さんに「ライブあんまりしてないの?勿体ないね〜」って言ってもらったのお大きいかも^^;)

 

自分には他の人にはない深い闇があるのかも、と思う。

他人と寄り添うには、自分は少し傷付き過ぎているのでは、と思うこともある。

他人を信頼するのが難しい。どこかで、自分は人とは違うのだから、いろんなことを期待し過ぎてはいけない、とさえ思う。

 

歌というのは楽器と違って歌詞を伝えられること・伝えなくちゃいけなことが素晴らしい部分であり、難しい部分です。歌いすぎてもいけないし、歌詞を疎かにしてはいけないし、かと言って音楽的にも忠実でなくてはいけないし、いろんなところを行ったり来たりするべきなのだと思います。

 

そんなこんなで、なぜ自分が音楽をやっているのか・歌をやっているのか、非常に不思議なところではありますが、とりあえず有限な自分の残りの人生を、音楽に捧げてみようと思うのでした。

 

(おわり)

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