なぜ音楽をやっているのかふしぎ。part2

読んでくれる人がいるかは謎ですがpart2を書いてみました。Part 1はこちら

 

そんなこんなで、中学2年生の時は人生で一番荒れていました。

漫画や小説ばっかり読んでいたし、学校の成績もそれはそれは酷いものでした。一方で、近くの美術教室(美大受験で有名)に通わせてもらっていて、絵のデッサンの勉強を始めて道具の使い方や方法などを学んで少し上手くなってきたので、将来はなんとはなしに美大に行きたいと思うようになりました。

 

中学二年生の終わり、母親と話していて、彼女が突然「芸術高校を受験してみてはどうか」という提案をしてきました。

片道1時間半の学校への往復、学校の勉強、美術へ割く時間など、体力的にいっぱいいっぱいで、ほぼ受験なしで行けるエスカレーター附属高校へ行く将来へ漠然と不安があった私にとっては、目から鱗の提案でした。それいいね!!と。

そこからは大分紆余曲折あって、途中まで芸術高校を受けるか、近場の都立高校を受けるかなど秋ごろまで悩みましたが、結果的に頑張って勉強して割と進学校として有名な都立小石川高校を受験して合格しました。合格発表の時は、今のところ人生で一番嬉しかった瞬間かも。

外部受験というのは本来頭の良い人が更に進学校へ行ったり慶○の附属などへ行くステップアップのために行うことなので、私のようなぱっとしない学生(でも英語や国語はそれなりに出来るから完全な落ちこぼれという程ではない)がすることではありませんでした。今思えば、別に附属高校に行っても美術の勉強は続けられたとは思うのですが、結果として外部受験して良かった、というか私にとっては呼吸しやすくなったように思います。

 

美術の勉強をするために決めた受験でしたが、結果的に数学や理科を頑張る羽目になったり、他の勉強でひーひー言うことになりました。そして、無事高校に入学して、何をやろうかな??と思った時に出会ったのが新入生への部活紹介での合唱部(音楽研究会)の混声合唱でした。それまで某女子大の附属に通っていたので、女声合唱しか聴いたことがなかった私にとって、混声合唱(10人もいない少人数だけど上手い)の響きは本当に美しくて衝撃的でした。今思うと先輩たちは本当に少数精鋭でひとりひとりが個性的だったので特別だったのですが、その時はもうびっくりしてすぐ入部を決めました。その時に「鷗」「わがマイルストーン」「Matona mia cara」「Amazing Grace」「きょうの陽に」など歌ってくれたことを覚えています。

 

合唱部の話は長くなるからあまり書きませんが、1年と2年の時にNHKの合唱コンクールに出場しました。

2年生の時は指導してくれる先生もいなかったり、そこまで音楽的に詳しくない部員ばかりで大変でしたが、なんとか乗り切りました。2年生の時は一年だけでしたが、声楽の発声を少し知り合いの方に見てもらったりして、声の出し方を学びました。

 

つづく。

 

Part 3はこちら

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