なぜ音楽をやっているのかふしぎ。

なぜ音楽をやっているのか、自分でもよく分かりません。

子どもの頃は本を読むのが好きで、中学時代は絵を描くのが好きで、でも基本的には漫画とか読んでぼんやり寝ているのが好きな子どもで、基本的には今でもそれは変わっていないです。一生寝ていたい。

自分でも不思議なので、音楽にたどり着くまでを振り返ってみたいなと思います。

 

小学校の頃、音楽の授業はそれほど好きではありませんでした。なんか先生が嫌だったし、楽譜も読むのは好きではなかった。

ピアノは子供の時から習って、小学校卒業くらいまでは習っていたけど、途中から先生と音楽の話をする会みたいになってたと思う。


音楽会の時に、小学校1,2年の子は、身体を横に揺らしながら歌を歌っていたのですが、私はこれがなんだか嫌だった。別に指定されている訳でもないのに、なんで身体を動かしながら歌わなくてはならないの、と。そいで一人で直立不動に歌っていたら、先生から、「えとうさん、体調が悪いの?」と言われたことを覚えている。とりあえずそういう頑固なところのある子でした。

 

友達の影響で、小学校4,5年生の頃からとても沢山の本を読んだ記憶があります。主に子供向け(小学校〜中学校)の児童文学で面白そうなものはだいたい読んでいて、このおかげで語彙は増えたし、中学・高校と文章を書くことは少しだけ得意だったと思います。

電車に乗って本屋さんに行くこともこの時におぼえました。物語を発見する喜びをこの時に知りました。

小学校6年生の時には友達と文芸クラブを立ち上げて、小説を書いたりしていました。でもあまりにも想像力がなかったり、書きたいものがなかったり、完結させることが出来なくて、小説を書くことは割と早々に諦めていました。

 

同時に授業中にらくがきを書いたり、ちょっとした工作をすることが好きになってきました。

工作は不器用だったので全く得意ではなかったけれど、絵を描くのは好きでした。

授業中に友達の後姿を描いていて、先生に呼び出されて注意された記憶が残っています。

 

周りに比べてそれほど秀でたところはありませんでしたが、6年生の時、なぜか優等生しか選ばれないという校歌隊(式の時に校歌を演奏する)に選ばれました。木琴を担当していたが、なぜ選ばれたのか今でも分からないし、音楽が苦手だった割に1年間無事演奏を終えたのかも記憶が定かではないですが・・・。

 

Part 2はこちら

中学に入ると、変わった学校だったので、音楽の授業ではなく、週1ずつのヴァイオリンと声楽の授業になりました。

ヴァイオリンの音は嫌いではなかったけれど、初心者のノコギリをギコギコ弾くようなひどい音に耐え切れず、割とすぐ興味を失う。

今思うと、もう少しちゃんとやっとけば良かったな、と思います。

 

声楽は、とりあえず発声を勉強させて人前でたくさん(一人ずつ)歌わせるような授業で、口を極限まで開けて耳の脇の窪みに空洞を作れ、というような先生でした。

ある種の宗教じみた授業と、取り巻きの合唱部の人たちは好きにはなれなかったけれど、合唱自体は嫌いではなかったし、森に囲まれた学校の敷地内の中でハレルヤコーラスとか歌いながら帰ったことはよく覚えている。この時思えば声楽の基礎を得たのかもしれません。

 

ちなみに中学では美術部に入りました。

2年生〜3年の前半にかけては、絵を描いて過ごしていた気がします(今はほとんど絵を描かなくなってしまったけれど)。

中学校は、基本的に辛かったのを覚えています。友達には恵まれていたし、いじめとかはなかったけれど、自分が何者のなるべきか一番悩み、一番荒れていて、自分が何をするべきなのか分からなくて辛かった。

また1年後半にインターネットをおぼえてはまり、夜更かしして勉強しなかったり、ネット料金の使いすぎで親に呆れられていました。特に2年生の時の成績は酷かったと思います。

 

 

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